扇子専門店に行ってみた

雷門柳小路にある「荒井文扇堂」は扇子の専門店

 仲見世通りから横に走る雷門柳小路という風流な名の通りには、やはりその名にふさわしい風流な店がある。白い壁から突き出した瓦の下に構える、美しい格子の玄関。ひらひらと風に揺れる少し色落ちした紺の暖簾(のれん)には「文扇堂」という文字が白く抜かれていた。
 玄関脇には、何枚もの団扇(うちわ)を差した2本の竹。下から上に向かって団扇が鯉の鱗のように行儀よく列を作っていて目を引く。淡い茶色に変色したその団扇には、ヒョットコやオカメが描かれており、ひょうきんで楽しい。「民芸うちわ見本 新しいものは中にございます」と但し書きに、店の誠実さが滲む。そうか、ヒョットコもオカメも外回りでお客さんの呼び込みに忙しく、日焼けしてしまったわけだ。お務めご苦労さま。

ひょうきんな団扇たちがお出迎え?

 荒井文扇堂は、扇子専門店である。団扇のヒョットコは風雨にさらされているが、窓ガラスのように設置されたショーウインドーの中には、緋色や草色の鮮やかな扇子が大事そうに飾られている。その美しい扇子を、目を丸くして凝視している外国人客の姿が、ショーウインドー越しに見えた。
 格子の玄関をくぐると、店内には芳香が充満していた。扇子につけた香料か、はたまた骨に使われている竹が放つ自然の残り香か。落ち着いた照明に浮かぶ扇子たちの共通点は、華やかな色合いながらも派手すぎない。言うならば、抑え目の豪華さか。私が浪人時代に、頭を冷やすためにどこからか手に入れてバタバタあおいだ当時の愛用品とは、お里が違う商品であろうことは、素人目にも明らかだ。
 

店内には色とりどりの扇子

 今の店主、荒井良太さん(41歳)は5代目。
 荒井さんによれば、店においてあるのは、ほとんどが「持扇」と「舞扇」。「持扇」とは、あおいで涼をとるための普段使いの扇子。「舞扇」とは日本舞踊や歌舞伎の踊りの時に使われる扇子。舞台映えするように、少し大きめに作られている。
 名だたる舞踏家や歌舞伎役者がご贔屓という、その道では押しも押されもせぬ専門店。中村勘三郎の写真が貼ってあるし、お付き合いのあったという歴代の歌舞伎役者たちの名札もかかっている。なんだか厳かではあるが、130年以上にわたる店の歴史を遡ると、当初は扇子専門ではなく文房具なども売っていたという。文扇堂の文はその頃の名残と聞いて、ちょっとホッとした。

かわいい動物柄の扇子も

 その他にも「囲碁扇」なんていう扇子があるのも教えてもらった。プロ棋士が、対局の時に、難しい顔をしてパタパタあおいでいるアレだ。「一瞬で頭をクリアにしてくれそうな、あの静謐かつ威厳ある扇子を、棋士たちはいったいどこで手に入れるのだろうか」、と将棋を全くささない私は、全くしなくていい心配をして人生の大半をモヤモヤして浪費してしまったが、おかげ様で積年の謎が溶けてスッキリした。
 謎と言えば、東京と京都の扇子が違うということも初めて知った。骨の数も違えば、デザインも違うらしい。公家の文化と共に歩んだ京都の扇子は「雅で華やか」、徳川幕府という武家の文化が育んだ江戸の扇子は「無骨でシンプル」とは荒井さんの言葉。

荒井文扇堂の5代目 荒井良太さん

 荒井さんが扇子を作り始めた。
 扇子の羽の部分をキシッ、キシッ、と等間隔で折って畳んでいく。それがある程度まとまると、トントンと叩いて形を整え、あらかじめ組み上がっていた骨に挿す。荒井さんが扇子の地紙を細く畳む姿に、何故か寿司屋の職人が細巻を巻く姿を連想してしまった。職人という人種は、例え生業は違えど同じような雰囲気を醸しているに違いない。
 店を出ようとすると、扇子の描かれた亀が目に入った。日の光を浴びる扇子の上で日向ぼっこをしているみたいだった。その亀の脇に素朴な文字が添えられている。きょうは最後にもう一つ教わった。

「そんなに急いでどこ行くの」

そんなに急いでどこ行くの

(写真・文 宮崎紀秀/浅草チャンネル編集長)

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