有名な釜飯店に行ってみた

「はじめチョロチョロ、なかパッパ…赤子泣いてもふた取るな」
 かまどで米を炊く極意として口承されてきたこのフレーズが、頭の中に流れ出す。それは、釜飯の炊き上がり想像しながら待つ至極の時である。
 雷門から浅草寺に向かって歩くと、細い路地の角地に旅館のような外観の建物が目に入る。入り口の前には、美しい松がひさしのよう枝を張り、軒先に揺れる提灯が可愛いらしい。1階の大きな窓いっぱいに巨大な鉄釜が見えた。釜飯と串焼きの「麻鳥」である。
 巨大な釜と店の看板を見た瞬間に、どこからともなく、頭の中に「はじめチョロチョロ…」が忍び込んできたのは言うまでもない。

釜飯と串焼きの店「麻鳥」

 遠足やら社会科見学だったかは忘れたが、人生で初めて軽井沢に行った時に、人生で初めて出会った「峠の釜飯」の感動はよく覚えている。色とりどりの具材、その味が染み込んだご飯。何より、駅弁であるにもかかわらずずっしりとした陶器の釜を手に包んだ時の満足感。ちょうど1人分のサイズの益子焼きの陶器の釜が可愛ゆく嬉しく捨てられず、割らないように大事に包んで家に持って帰って両親に自慢したのを覚えている。
 その後、その釜を使って、何度か釜飯を作ってみた。その時に覚えたのが、古くから米の炊き方と火加減のコツとして伝えられてきた冒頭のフレーズだった。はじめは弱火で米に水分を十分に吸わせ、その後一気に沸騰させる、という炊き方は実に理にかなっている。
 イメージ通りに美味しくできたこともあれば、ご飯がビチャついてしまったこともあったが、自前の釜飯作りに少々、得意になったものだった。だが、いつかその釜にヒビが入って割れてしまい、私の釜飯人生の第一幕は終わったのだった。

 釜飯の発祥の地とは「峠の釜飯」を売る群馬県の横川駅あたりだろうと思いきや、その歴史を紐解くと、浅草が発祥地とも言われているらしい。
 関東大震災(大正12年、1923年)の後、上野で行われた炊き出しからヒントを得て、浅草のとあるお店が出したのが最初という。以来、釜飯は、浅草に暮らす人のソウルフードにもなった。

「麻鳥」の雑賀重昭さんは生まれも育ちも浅草。

「死ぬ前に何を食べたいかといわれたら、五目釜飯」
 そう豪語するのは、雑賀(さいが)重昭さん(37歳)。
「麻鳥」の3代目となる現在のご主人の息子さんで、同店を含む3店舗の飲食店を経営する会社の専務取締役でもある。会社は、その名もズバリ「浅草」という地元ラブの直球勝負である。

 雑賀さんが物心ついた時に、店を切り盛りしていた祖母は昔気質の勝ち気な人だった。
 米から炊き上げる釜飯は、出来上がるのに30分近く時間がかかる。それを待ち切れずに帰ってしまうような無粋な輩がいようものなら、祖母は「うちの釜飯はカップラーメンじゃないわよ!」「あんたなんか来なくていい!」などと、客であろうと構わずに腹を立て、孫の雑賀さんを呼んでは、塩を撒かせていたという。
「僕は塩係でした。こんな商売の仕方で大丈夫かなと思っていました」
 雑賀さんは笑う。
 その店も半世紀以上の歴史を重ね、浅草の老舗の1つとなった。

釜飯が出来る前につい手がでてしまった「麻鳥」の焼き鳥

 雑賀さんは、生まれ育った浅草を「魂のバトンが代々伝授される町」と形容する。
 親の世代が、次の世代を育て、その世代に自分は育てて貰ったと考えているのだという。今、雑賀さんは、中央町会の「青年部」のメンバーとして祭りに参加したり、イベントを企画したりと、地元の盛り上げのために最も精力的に奔走している1人だ。
「どうやったらこの町に(恩を)返していけるか。どうやったら子供や後輩たちがこの町を好きになるかを考えています」
 そんな話を聞いているうちに、雑賀さんの思いに負けないくらい熱々の「五目釜飯」が炊き上がった。

「赤子が泣いても蓋取るな」
 耐えに耐えて待ちに待ち、遂に自分の元に出来上がりの釜飯の蓋を開ける特権が回って来た。これぞ、えも言われぬ贅沢。神様、仏様、かまどの神様に感謝である。
 その瞬間、ご飯の甘さと微かな醤油の芳香が白い湯気と共に立ち上り…あとはご想像にお任せする。

(写真・文 / 浅草チャンネル編集長 宮崎紀秀)

「麻鳥」の絶品「五目釜飯」は自分へのご褒美?
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